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zoom RSS 『博士の愛した数式』と夫と私

<<   作成日時 : 2005/03/06 20:45   >>

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私は恋愛とは違う愛情にとても弱い。
「博士の愛した数式」はせつなくて、あったかくて
人間同士の触れ合いって素敵だな、と思わせてくれる
愛情にあふれたお話しだ。
博士は事故による脳の損傷で80分しか記憶する事が出来ない。
朝からずっと一緒にいても、80分たつと初めて会う人になって
最初の挨拶からやり直し。
どんなに一緒にいようが覚えてもらえないのだ。
博士と同じ時間や愛情を共有しているにも関わらず
80分たったら全て忘れられているのだ。
ああ!!なんてせつない事だろう!!
究極の片思いをしているようだ。

人と人のつながりは同じ時間を共有した
記憶によって成り立っている。
今日私がこの本を読んで感涙にむせている時
夫はテレビで「F1オーストラリアグランプリ」を観ていた。
途中から夫は私が本を読んでる事に気づき
ヘッドホンをつけて無音状態にしてくれた。
その事に感謝しつつも
「本は一緒に共有できない楽しみだなぁ〜」と残念に思った。
映画やテレビやマンガなら一緒に観たり読んだりする事が出来るが
本となると難しい。
前にも書いたが夫は、小説を一冊も読まないからだ。
例え「この本良かったから、読みなよ〜」と
渡したところで読む時間もないし。

私は感動した本の話は、すぐにはしない。
しばらく感動に浸っていたいからだ。
だから夫は私が本から感銘を受けていた事を知らずにいるわけだ。
つまり、同じ時間、同じ部屋にいるにも関わらず
私たちはそれぞれ別の記憶に支配されているのだ。
私の本から得た感動と、夫の「F1」観戦の興奮は
一緒にいるのに全く別の体験としてこの先刻まれて行くのだ。

このように記憶に障害がない二人でも
記憶を分け合うのは難しい時もある。

それなのに80分の間しか記憶を共有する事が出来ないなんて・・・。
博士の事を知れば知るほど、主人公の「私」にとっては
大切な人になって行くのに、博士からすれば「私」は
いつまでたっても「はじめて会う人」で、
一緒に体験した出来事は最初から無かった事なのだ。

でも「好きだ」という感情は、記憶と共に消えてしまうものでは
ないんじゃなかろうか。
記憶する装置は脳だけにあるわけじゃない。
心臓にも記憶する物質が見つかっている事を考えると
きっと博士は「好きだ」という感情を全身の細胞に刻んでいたのだろう。
その記憶を80分どころではなく持ち続けたに違いない。
じゃなかったらあんなセリフは出て来ないだろう・・・と思う。

「博士の愛した数式」は全体を通して
切なさがよく表現されていて心温まる一冊だった。(T_T)

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